代表大本哲也が語る、あの4日間のこと。

2008年1月3日、その日は突然やってきた。

その知らせを受け取ったのは、弟からの電話でした。父にあたる先代社長が突然亡くなりました。53歳でした。私は当時27歳で、自分の会社を立ち上げていてちょうど1年くらい経った頃。突然のことだったので、勿論何の準備もしておらず、ドタバタの中で家長としてお通夜とお葬式をすませました。睡眠不足の日が続き体は疲労困憊。悲しむ暇もありませんでした。

そんな中アートリフォームの経営会議に参加することに。1月7日の仕事始めまでに今後の体制を決めるとのことでした。畳屋として創業した店の二代目として生まれた父。1985年に自分の想いを込めて設立した会社がアートリフォームという会社でした。社員数も30名を超え、これからというときでした。私はてっきり今後は先代と苦楽を共にしてきた幹部メンバーが後を継ぐのだろうと思っていました。だからこそ幹部メンバーからの言葉には驚きました。

「このままでは、先代が培ってきた形が崩れてしまう。社長の後継は大本家が継ぐのが一番だと思っています。」
その言葉は、幹部メンバーの覚悟にも感じました。その時に私は自分のことだけ考えた人生ではいけない、大本家に生まれた運命として受け入れ、会社のために人生を捧げようと覚悟を持ちました。それが1月5日のことです。

三代目出発。

幹部メンバーは豊富な技術と経験を持ち、人として魅力的で有能な人達です。独立することも選択できたはずです。その中で共にアートリフォームを支えることを選択してくれたことは今も感謝の念が絶えません。今も何か会社でチャレンジしようとするときには、幹部メンバーはいつも受けて立ってくれています。アートリフォームはとても成長の可能性がある会社だと感じました。私の役割は向かうべき道を決め、良い会社を作るために貢献することです。

私は先代とは違います。社員さんにも承認してもらう必要があります。そのためには結果を積み重ね、私がこの役割であることが会社にとって邪魔な場合は退任する覚悟を常に持ち、この会社にどれだけ貢献することができるか証明しなければならない。ここから、私の新たな人生が始まりました。

1年目の12月28 日、年内最終の仕事が終わった時のことは今でも覚えています。椅子に座りながら、肩の力がすっと抜けていくのを感じました。1年間を生き抜くことができたという安堵の気持ちの中で、「まだまだ」と気を引き締めた瞬間のことは、今でも覚えています。

アートリフォームが守り継いできたもの。

マーケットの可能性には最初からポテンシャルを感じていました。ただ、流れに任せて肥大していくだけの成長は良くないとも思っていました。BtoB なのか、BtoC なのか。大事にすべき優先順位はなんなのか。採用や組織づくりには早期から取り組みました。やはり「一人ひとりの気持ちの強さ」がこの会社の一番の武器だと考えたからです。

また技術に関する自信もありました。成長マーケットには経験のない新規参入の会社が多いのですが、アートリフォームには既に10年以上のキャリアのあるベテランが多い。1人年間100〜200件をこなすためスキルアップも早い。ノウハウのストックもある。しかも、営業数字よりも現場の仕上がりの良し悪しで怒られることが多いという品質にこだわる社風もある。組織と技術というアートリフォームの強みはハッキリしていたのです。

変わりゆく時代の中での、アートリフォームのビジョン。

一方で、リフォーム詐欺などの問題が騒がれたという時代背景もあります。儲け主義の不誠実な会社は淘汰され、ハウスメーカーや、ホームセンターなどの大手企業が次々と参入。まじめなうちにとっては追い風でした。勿論競争の構図がどうであれ、私たちがやることは変わらないと思っています。ライバルに勝つことを目的にやっているわけではないからです。

これから、日本の人口は減っていきます。新築住宅の着工も減ります。中古住宅が滞留し、国も対策に乗り出しています。中古主流の欧米の住宅事情に似た状況にシフトしていく可能性も高い。そんな中で、大事にしていかなきゃいけないこと。やはり、人と社会に貢献する会社であること。つまり、目の前のお客様に喜んでいただける仕事をすること。そこだけは絶対に忘れてはいけない。嬉しいことに、今のアートリフォームには、そんな気概があふれています。天国にいる先代もにっこり笑ってくれているのではないか。私にはそんな気がしてなりません。